F1を初めて見た人が、ほぼ必ず感じる疑問がある。
「後ろの車の方が速そうなのに、なぜ抜かないのか」という疑問だ。
前の車の背後につくことで空気抵抗が減り、加速しやすくなる現象をスリップストリームと呼ぶ。
理論上は追い抜きが可能だが、F1では簡単に抜けない場面が多い。
その最大の理由が、前を走るマシンが生み出す「空気」にある。
すべての状況に当てはまるわけではないが、
F1では「抜けにくい理由」が構造として存在する。
まず、F1がどれくらい速いのかわからない方は、下記記事から速さを体感してみてください。
【F1って本当に速いの?】時速300km越えの世界とは?
│ 実はF1では、速くても前に出られない状況は珍しくない。
レース中、後ろのドライバーが前の車に迫る場面は多い。
タイム表示を見ると、後ろの車の方が速いラップタイムを記録していることもある。
それでも、数周にわたって順位が変わらず列になったまま走っていることがある。
観戦しているファンは、オーバーテイクを狙わずタイヤを労わっているのではないかと感じることも多い。
しかし、これはF1では珍しい現象ではない。
実はF1では、ただ速いだけで前に出ることはできない。
そして多くのレースで、同じ状況が繰り返されている。
│ 理由は「前の車が作る空気」にある
F1マシンは、空気の力を使って走る。
マシンに取り付けられたウイングや車体に流れる空気を利用して、マシンを地面に押しつける力を生み出している。
この力があるから、高速でもコーナーを曲がれる。
しかし、前を走る車の後ろには問題がある。
そこには、乱れ、渦を巻いた状態の空気。後ろにいるマシンは空気が乱れた状態になる。
この乱れた空気は「ダーティエア」と呼ばれる。
│前方の車に近づくほど、マシンは扱いにくくなる
前の車に近づけば近づくほど、ダーティエアの影響は強くなる。
すると、マシンは思ったように曲がらなくなる。
ハンドルを切っても、反応が鈍くなる。
ダーティエアは、前を走るマシンがかき乱した空気が後方に流れることで発生する。
そのため、後ろを走るマシンは意図しない空気の影響を受けてしまう。
したがって、F1マシンは本来の空気環境で最大のパフォーマンスを発揮するように設計されている。
前を走るマシンの乱れた空気を前提にした設計ではない。
※もちろん、ある程度はその影響も考慮されているが、完全に対応できる設計ではない。
また、ブレーキも難しくなる。
本来踏みたい位置で踏むと接触やバランスを崩してしまうため、少し早めに減速する必要が出てくる。
結果として、コーナーで距離が開く。
つまり、抜く前に、まず近づき続けることができなくなる。
これがF1の大きな特徴だ。
│では、どうやって抜く?大切な「準備」
では、どうやってオーバーテイクするのか?大切なのは「準備」だ。
F1のオーバーテイクでは、直前の数秒ではなく、
数周前からのエネルギー管理が重要になる。
現在のF1では、ERS(電気回生エネルギー)を使うことで一時的に加速を強める。
ERSは有限なエネルギーのため、ブレーキやアクセルオフのタイミングで電気を貯める必要がある。
オーバーテイクするために電気を貯めて、
オーバーテイクする1つ前のコーナーで加速を意識したアプローチが必要になってくる。
F1ドライバーの角田裕毅もインタビューの中で、
現代F1では電気エネルギーの使い方がオーバーテイクに大きく影響すると語っている。
現代のF1では重要な要素となっている。
ただ、これは自分の後ろにマシンがいない時が条件だ。
なぜなら後ろの車もオーバーテイクのタイミングを伺っている。
ただ攻めるだけでなく、守ることも意識しなければならないため、追い抜きが中々できないのが要因だ。
│”追い越しできない=下手” ではない
F1で抜けないのは、ドライバーの技量が足りないからではない。
それだけ、F1マシンは空気の力を前提に、タイヤや戦略と組み合わせて設計された存在だからだ。
戦略で重要なタイヤ交換についての記事はこちら
F1ピットストップの秘密―わずか2秒の世界記録と驚きの舞台裏
このことを知っているだけで、レースの見方は変わる。
「なぜ抜かないのか」という疑問が減る。もしかしたら、観戦中のストレスも少なくなるかもしれない。
F1は、単純なスピード勝負ではない。
だからこそ、1回のオーバーテイクには高い価値があるのだ。