普段は車やバスが行き交う街の道路。その同じ場所を、週末にはF1マシンが猛スピードで駆け抜けていく。

シンガポールGPやモナコGPなどの「市街地サーキット」では、街の道路を利用してF1レースが開催されている。

しかし、一般道を封鎖してF1マシンを走らせれば、それだけでサーキットになるわけではない。

コース脇の安全バリア、観客席、ピット施設、そしてFIAによる安全検査など、開催までには数多くの準備が必要になる。

では、普段の道路はどのような工程を経てF1サーキットになるのだろうか?

今回は市街地サーキットが完成するまでの流れを、シンガポールGPなどの実例を交えながら解説する。

│道路はいつから封鎖されるの?

市街地サーキットの建設で気になるのが、道路の封鎖期間だ。

F1のために長期間道路を封鎖すれば、周辺の交通や住民の生活に影響が出る。そのため、市街地サーキットでは一般車両の通行をできるだけ維持しながら、段階的に準備を進める。

2026年のシンガポールGPは10月9日から11日に開催される。一方、主要な道路規制は10月7日午前0時1分から13日午前5時30分まで設定されている。

ただし、規制期間中も一部の道路は時間帯を限定して通行できる。

本格的な道路封鎖が始まるのはレース直前だが、設備の設置や工事は何週間も前から進められている。

市街地サーキットは、通常の交通への影響を抑えながら、段階的にレース会場へと変わっていく。

│道路をF1仕様にするための準備
路面を確認して必要な部分を補修する

市街地コースの大きな特徴は、普段から一般車両が使用している道路を走ることだ。

通常の道路には、排水口やマンホール、舗装の継ぎ目、わずかな段差などが存在する。

一般車両なら問題にならない部分でも、車高が低く、大きな空力的な力を発生させるF1マシンにとっては危険につながる場合がある。

そのため、開催前には路面の状態を確認し、必要に応じて舗装の補修やマンホールなどの固定を行う。

また、コーナーの内側や外側には、走行ラインの目安となる縁石(カーブ)を設置することもある。

こうした作業によって、普段の道路がレースで使用できる路面へと整えられていく。

安全バリアとフェンスを設置する

市街地サーキットの景色を大きく変えるのが、道路の両側に並ぶバリアとフェンスだ。

F1マシンは高速で走行するため、コースを外れた際に建物や街灯、観客席などへ直接衝突しないようにする必要がある。

そこで使用されるのが、コンクリート製の壁や金属製のガードレール、衝撃を吸収する「Tecpro(テックプロ)バリア」などだ。

これらは設置場所の条件や想定される事故に応じて配置される。

さらに、バリアの上部などにはデブリフェンスと呼ばれる防護フェンスも設置される。これは事故の際に飛散する部品などがコース外へ飛び出す危険を抑えるためのものだ。

市街地コースでは十分なランオフエリア(コース外の退避スペース)を確保しにくいため、こうした安全設備の役割が特に重要になる。

│ピット・照明・観客席も準備する
ピットや観客席はどう作られる?

F1を開催するには、コースだけでなく、チームや観客を受け入れる設備も必要になる。

チームがマシンを整備するガレージ、レースを管理する施設、メディアセンター、そして観客席などだ。

こうした施設の一部は大会に合わせて仮設されるが、すべてを毎年建設するわけではない。

例えば、シンガポールGPには常設のF1ピットビルが存在する。この建物はレース期間中にチームのガレージやレースコントロールなどとして使用され、レース期間外にはイベント会場などにも活用される。

一方、観客席やホスピタリティ施設、イベント用のステージなどは、大会に向けて組み立てられるものも多い。

市街地サーキットは、常設設備と仮設設備を組み合わせて運営されているのだ。

ナイトレースでは照明も重要

シンガポールGPでは夜間にF1レースが開催されるため、通常の街灯だけでは十分ではない。

コースには、F1マシンが高速で走行できる視界を確保するため、大規模な照明設備が設置される。

2023年には照明設備がLED方式に更新され、主催者の資料によると1,618基の照明器具が使用された。

照明には明るさだけでなく、路面の反射やドライバーの視界を妨げるまぶしさを抑えることも求められる。

さらに、テレビ中継やマーシャルの活動にも関わるため、照明設備はナイトレースの安全性と運営を支える重要な設備だ。

│完成したコースはFIAの安全検査を受ける

設備を設置しても、すぐにF1マシンを走らせられるわけではない。

サーキットはFIA(国際自動車連盟)の安全基準を満たす必要がある。現在のF1開催には、最高区分となるGrade 1のサーキットライセンスが求められる。

FIAはコースの設計や路面、安全バリア、ピットレーン、緊急車両のアクセスなどを確認する。

2026年のFIA規定では、非恒久的なサーキットについて、大会の120日前までにコース資料と建設工程を提出することが定められている。

また、最終検査に向けた準備期限も定められている。初めて国際競技を開催する場合は最初の競技走行の48時間前、2回目以降は24時間前が原則だ。ただし、FIAが別途認める場合は例外となる。

一般道がF1サーキットとして使用できるかどうかは、設備の設置だけでは決まらない。

FIAによる安全確認を経て、レースを開催できる状態が整えられる。

※この120日前・48時間前・24時間前の規定は、FIA付則Oにおける「非恒久的サーキット」の規定を説明したものであり、常設設備を持つすべての市街地コースに一律に適用されるという意味ではありません。

│レースが終わると道路はどうなる?

数日間のレースが終了すると、市街地サーキットは再び一般道へと戻される。

しかし、設置に何週間もかけた設備を、すべて一晩で撤去できるわけではない。

まず道路の安全な再開通に必要な作業を優先し、その後もフェンスや観客席、照明設備などの撤去を段階的に進めていく。

モナコGPでは、2014年にF1公式サイトが紹介した事例によると、コースの設営に約6週間、設備の撤去には約3週間が必要だったという。

もちろん、道路が再び通行できるようになる時期と、すべての設備が撤去される時期は同じではない。

シンガポールでも、レース終了後の設備撤去を見込んだ道路規制期間が設定されている。

数日間のレースのために長い時間をかけて準備し、終了後には元の街へと戻していく。

これも市街地サーキットならではの特徴だ。

│常設サーキットと市街地サーキットの違い

鈴鹿サーキットやシルバーストン・サーキットのような常設コースと、市街地コースでは、運営方法に違いがある。

項目常設サーキット市街地サーキット
コースレース専用の設備が中心一般道を利用する区間がある
バリア多くが常設仮設設備を多く使用
観客席常設席を利用できる仮設席を設ける場合が多い
路面競技利用を前提に管理一般交通による影響も受ける
開催前後大規模な撤去は基本的に不要設営・撤去と交通規制が必要

※実際には、常設サーキットでも仮設設備を使用する場合があり、市街地サーキットにも常設施設が存在する。

常設サーキットは、年間を通じてモータースポーツで利用しやすい環境が整っている。

一方、市街地サーキットは、街の景観や道路形状を活かしてレースを開催できることが魅力だ。

ただし、既存の道路を利用する以上、設計の自由度や安全設備の配置、交通規制など、さまざまな制約と向き合わなければならない。

│まとめ:街そのものがF1の舞台になる

普段の道路をF1サーキットへ変えるには、路面の整備、安全バリア、観客席、ピット施設など、さまざまな準備が必要になる。

さらに、FIAの安全基準を満たし、レース終了後には道路を一般交通へ戻さなければならない。

モナコやシンガポールでは、数日間のレースに向けて何週間も前から設営が進められている。

市街地サーキットは、一般道を封鎖するだけで完成するわけではない。

街の交通や生活への影響を抑えながら、安全設備とレース運営体制を整えることで、普段の道路がF1の舞台へと変わる。