2026年10月23日から25日にかけて、F1第18戦アメリカGPが開催される。
舞台となるのは、アメリカ・テキサス州オースティンにあるサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(Circuit of The Americas)、通称COTAだ。
全長5.513km、20コーナーを持つこのサーキットは、急な上り坂のターン1や高速で左右に切り返す連続コーナーで知られている。
しかし、アメリカGPが昔からオースティンで開催されていたわけではない。F1のアメリカ開催には、何度も開催地が変わってきた歴史がある。
現在のCOTAは、アメリカにF1を復活させるために新しく建設されたサーキットだ。
なぜオースティンでF1が開催されるようになったのか。アメリカGPの歴史からCOTA誕生の背景、独特なコース設計までを解説する。
│アメリカGPはかつて開催地を転々としていた
アメリカGPの歴史を振り返ると、開催地は何度も変更されている。
代表的な開催地は以下のとおりだ。
・1959年:セブリング(フロリダ州)
・1960年:リバーサイド(カリフォルニア州)
・1961〜1980年:ワトキンズ・グレン(ニューヨーク州)
・1989〜1991年:フェニックス(アリゾナ州)
・2000〜2007年:インディアナポリス(インディアナ州)
・2012年〜:オースティン(テキサス州、2020年は中止)
このほかにも、ロングビーチやデトロイト、ダラス、ラスベガスなどで、異なる大会名のF1レースが開催されてきた。
特にワトキンズ・グレンでは20年連続でアメリカGPが開催され、長期間にわたってF1の舞台となった。
2000年からはインディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催されたが、2007年を最後に終了する。
その結果、2008年から2011年までの4シーズン、アメリカではF1世界選手権のレースが開催されなかった。
こうした状況の中で、新しいF1開催地として動き始めたのがテキサス州オースティンだった。
│なぜオースティンが選ばれたのか?
COTA誕生の中心人物が、オースティン出身のレースプロモーター、タボ・ヘルムンド(Tavo Hellmund)だ。
元レーシングドライバーでもあるヘルムンドは、アメリカでのF1復活を目指して開催計画を進めていた。
2010年5月には、オースティンで2012年からアメリカGPを開催する計画が発表される。
この計画には、テキサス州の実業家レッド・マコームズらも投資家として参加した。
オースティンが開催地となった背景には、地元出身のヘルムンドによる誘致活動と、計画を支える投資家の存在があった。
また、サーキットの建設地には、都市へのアクセスや広い土地を確保できることも求められた。
計画はF1レースだけを開催するものではなく、モータースポーツやコンサートなどを年間を通じて開催できる複合施設を目指していた。
オースティンは、既存のサーキットが選ばれたのではなく、F1を開催するための新しい施設を建設する場所として計画された。
│2012年、COTAが完成してアメリカGPが復活

COTAの建設は2010年12月31日に始まった。
設計には、数多くのF1開催サーキットを手がけてきたヘルマン・ティルケと、アメリカの建築設計会社HKSが携わった。
ただし、建設は順調に進んだわけではない。開催契約や資金をめぐる問題から工事が一時中断するなど、完成までには困難もあった。
それでも2012年10月21日、1978年のF1世界王者マリオ・アンドレッティがコースを走行し、サーキットのオープンを祝った。
そして11月18日、COTAで初めてのF1アメリカGPが開催された。
優勝したのは、マクラーレンのルイス・ハミルトンだった。
2007年以来となるアメリカGPの復活は、新しく建設されたCOTAで実現した。
│COTA最大の特徴はターン1の急な上り坂
COTAを象徴する場所のひとつが、スタート直後のターン1だ。
スタート・フィニッシュラインからターン1に向かってコースは急激に上り、約41mの高低差がある。
さらに、その坂の頂点にはタイトな左コーナーが設けられている。
ドライバーは上り坂で強いブレーキングを行う必要があり、コーナーの先も見通しにくい。
もうひとつの特徴が、コーナー入口の広さだ。
ターン1では複数の走行ラインを選びやすく、イン側から仕掛けるマシンと、アウト側を大きく回り込むマシンが並ぶ場面も見られる。
特にスタート直後は、複数台が横に並んだままターン1へ進入することがある。
急な上り坂と広いコーナー入口を組み合わせた設計が、COTAのターン1でオーバーテイクが生まれる理由のひとつだ。
│COTAには世界の名コーナーが取り入れられている

COTAのもうひとつの特徴は、世界各地の有名サーキットを参考にしたレイアウトだ。
例えば、ターン3〜6の高速連続コーナーは、イギリスのシルバーストンにある「マゴッツ・ベケッツ・チャペル」を参考にしている。
高速で左右に切り返すため、ドライバーには正確なステアリング操作が求められる。
ほかにも、複数の有名サーキットを参考にした区間がある。
インテルラゴスの「セナS」
ターン2〜3付近は、ブラジルのインテルラゴスにある「セナS」を参考にしたとされている。
ホッケンハイムリンクのスタジアムセクション
ターン12〜15は、ドイツのホッケンハイムリンクにあるスタジアムセクションを思わせるコーナー配置だ。
イスタンブールパークのターン8
ターン16〜18の複合コーナーは、トルコのイスタンブールパークにある名物コーナー、ターン8を参考にしている。
もちろん、これらは完全に同じ形状ではない。
COTAではオースティンの起伏に富んだ地形を利用しながら、世界各地のサーキットの特徴を取り入れている。
高速コーナー、低速コーナー、長いストレートが組み合わさった変化の大きいレイアウトが、COTAの魅力となっている。
│COTA誕生後、アメリカでF1人気が拡大
COTAが初めてF1を開催した2012年、アメリカ国内で行われるグランプリはオースティンの1大会だった。
しかし、その後はアメリカのF1市場が大きく変化していく。
2017年には、アメリカ企業のリバティ・メディアがF1の買収を完了した。
2019年にはNetflixのドキュメンタリー番組『Formula 1: Drive to Survive』の配信が始まり、ドライバーやチームの舞台裏を通じて新しいファンを獲得していった。
さらに、2022年にはマイアミGP、2023年にはラスベガスGPが加わり、アメリカ国内で年間3大会が開催されるようになった。
F1公式によると、2025年にはアメリカ国内のF1ファンが推計5,200万人に達している。
そして2025年10月には、COTAでのアメリカGP開催契約が2034年まで延長された。
アメリカでのF1人気が拡大した理由は、COTAだけではない。映像配信やSNS、新しい開催地の追加など、複数の要素が影響している。
それでも、F1レースが開催されなかった時期を経て、2012年から新たな開催拠点を築いたCOTAは、現在のアメリカF1を語るうえで重要な存在だ。
│まとめ:COTAはアメリカGP復活の象徴
現在のアメリカGPがオースティンで開催されている背景には、アメリカでF1を復活させようとした関係者の挑戦がある。
地元出身のプロモーターによる誘致計画から始まり、投資家の協力とサーキット建設を経て、2012年にCOTAでアメリカGPが復活した。
急な上り坂のターン1や、世界各地の名コーナーを参考にしたレイアウトも、COTAを特徴づけている。
F1のアメリカ復活を目指して建設されたCOTAは、現在ではアメリカのF1を代表するサーキットのひとつとなった。
次回のFlag Motorsportでは、COTAのコース攻略を詳しく解説する。
ターン1のブレーキングや高速S字、長いバックストレートなど、ドライバーがどのように攻略するのかを見ていこう。